窓から朝陽が差し込んでくる

ゴムの木は逆光のなか

たまには水をあげなきゃ

葉っぱにほこりが積もっている

誇りはキラキラして

見えないこともない

きれいかもしれない

飲み終えたコーヒー缶に

水道水をいれる

窓は空ける

そとは

あたたまる前の

オーブントースター

空を通り抜ける

すいせい雲が

よだかの光が

小鳥が

風をよこぎる

ミシシッピが

メコンが

きみを通り抜ける

きまぐれが

たそがれが

きみを愛しいと思っている

空も

海も

星も

草花も

きみのことが好きだ

自分に向かう声

きみに届ける声

自分に向かう視線

きみに向いてる視線

忘れてしまいそうだよ

照れ笑いしないきみの歌が

ぼくは大好きで

ぼくに向かってくる歌が

ぼくに向かっているとわかるとき

きみのことを好きになったんだ

自分をみない君の声が

きみのことが

とても好きです

自分をみない言葉が

自分に向かわない声が

きみに届ける言葉が

あったはずなんだ

振り返らないことばが

あったはずなんだ

そういうものがあったはずなんだ

いみなんかない

いきていない

きみはすくえない

生きてる

きみは加害者

とまどいは

なくならない

だいじょうぶじゃない

そう

言っておくよ

ほんとうのことは

こわいから

ぼーっとしていたいけれど

ひとりで

いってくるよ

きみがぼくをみてない

だから

かんけいある

ぼくが

きみに

あたらしい

ひとを

みせてあげる

コーヒーを外で淹れて、
のみます。

雪舟えまさんが、最近のyoutubeの投稿で、夢を叶えていくことの重要性を説いており、そうだなと思い、生産性はないけれど、自分の夢を叶えていくことにした。外でコーヒーを淹れて飲む。それがそれです。 別に初めてではないけれど、ごく稀にしかしたことないし、今回はじめて使う道具もあり、とても新鮮な体験でした。とても気分が上がりました。めちゃたのしかったです。その様子は、動画によくでていると思います。

きみは
ぼくのしらない
苦しみを
しっている

ひとのなかに
ぼくのしらない
苦しみを
みている

ひとと
ぼくのしらない
繋がりを
もっている

ぼくのしらない
ひとの
愛しさを
しっている


詳細は正しくないです。

病気療養明けのような勝新太郎さんが、会見を開いていて、「煙草は辞められたのですか?」という記者の質問に、煙草を吸いながら「煙草は辞めました。吸ってません」と答えていた映像を見たような記憶があります。お酒だったかもしれません。勝新さんはどこまで本気だったのか、その映像からではわからなかったです。言葉は言葉だという事がわかりました。一体そこに、どれだけの物語があったのか、私は知りません。お茶目だったのかもしれないし、誰かに脅されていたのかもしれないし、芸かもしれないし、ナンセンスを求めたのかもしれないし、ただの気質のような気もするし、勝新の普通のような気もするし、努力のような気もします。

きのと
芽が出る前の、土の中の芽の状態を表す言葉です。
撮影場所は、いつもは草に覆われています。
草刈りをした直後、短い期間に出現する舞台です。
足元は所々びちょびちょです。
この撮影の為に用意した防水の靴は、濡れました。

あうです Short

あうです Long

言葉が語るのは、そこに「託された」意味だ。
「文字列」の意味ではない。

「託された」意味と「文字列」の意味(共通理解があると仮定する)が一致する時、
誤解が少ない。
だけど、誤解が人を救うのも事実。誤解の中でしか人は生きていない。
いつでも誰でも、自分の言語に翻訳していて、自分のことを自分自身が救っている。

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