人気のない山道を歩いていた。雨がつよくて逃げ込んだ空き家は不思議な所だった。はじめは殺風景な部屋が一つあるきりだったけれど、必要に迫られた時には、トイレもお風呂も防音部屋も見つけることが出来た。よくよく目を凝らしていくと、窓際に小さな花瓶があることに気付いた。熊の毛皮の絨毯が敷いてあったりした。お腹が減ると、角砂糖とミルクが何処からともなくテーブルの上に。用意された。

この空き家は、もともと誰が住んでいたのか、手がかりは殆ど無かった。それで、愛着が湧いてきた折に、勝手に「詩」という名前を付けた。むかし学校の教科書で見た「詩」という家に何となく似ている気が何となくしたからである。

この「想像力があれば、どんな形にも変化出来る魔法の空き家」に16年くらい住んでいたが、いつしか自分の持ち物の様な気になっていた。ずいぶん自分好みに部屋を増やしたし馴染んでいたから、「詩」という名前を自分で付けた事すら忘れていった。

あげく「詩」の心地よさに興味を持たない人や、「詩」の不思議な構造に理解を示さない人に噛み付いたりした。かぶ。

この地域に人が少ない事をいいことに、幸運にも自分が居座っていられただけの家を、伝説の「詩」なんだと主張しだした頃には

、居心地のよい空き家から出る事が怖くなっていた。そして自分の持ち物である事を主張する為に、家の見取り図を書き始めた。

数年がかりで書き上げた見取り図は、手を尽くしたが、どの公共機関からも認可されずに終わった。そしてこの落胆はやっとぼくに、本当のことを教えてくれた。きみが「詩」だと主張してるそれは「もに」だよ。って言った。長い時間と失望のおかげで、「おっけい」とやっと思えた。心地よい方へ向かいたかった。よかった。見取り図の名前を「もにについて」と変更して、リュックに入れた。それから空き家を出た。もっと此処は神聖な場所だ。そんな声を聞いた。

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